ある書店で

昨日はひさしぶりに東京にいった。用事がある出版社に行くのに、ちょっと時間があったので本屋に寄ってみた。ちょうどあれは雑誌の『PEN』を立ち読みしてた時だろうか、中南米のいやに色気のあるおじさんたちの顔が続く写真のページを見ていると、目の前で若い女の子が、携帯で話をしながら雑誌を見ていた。すると「うん、じゃあね!」とその女の子は勢いよく電話にいい、本棚から離れた、離れた瞬間、雑誌を投げた。可愛いらしい女の子が写っている表紙の雑誌はざっと斜になって平積みになった本の上に投げおかれた。


中南米特集のフェロモンいっぱいの自信に溢れたおじさんの霊が私に降りたのだろう、突然、私はその女の子に声をかけた。「おい、おまえ、ちゃんと本は置け!」


ポルトガル語を直訳すると、そうなったのだ。女の子はきょとんとし私を見た。多分私の顔は色気ある中南米のおじさんではない。私を見たその娘は怖じ気づき、回れ右をし自分が投げおいた本を必死に直した、その姿は一瞬前とはまったく違った健気で可愛い娘であった。しかしあせったのだろうか、裏表逆に置いてしまう。また、おやじの一喝があると思ったのだろう、指先を震わせ、あせって直し、それから彼女は飛ぶように雑誌コーナーから去っていった。


私も雑誌コーナーから離れた。G.C. スピヴァク『ある学問の死』などが置いてある本棚の方に行き、考えた。自分は大丈夫か? あの人が若い女の子だから、いえた言葉ではないか、パンクな青年であったらいえたのか? と自問して、いや、いうだろう、本を造る仕事に関わる人間として、あの扱いは許せなかった、いってやろうじゃあねえか、と思い、しかし、もう少し違った注意の仕方もあったかもしれないな、などとじくじく思い、思うから本もしっかり見ることができない……。


そんな日が、私の青山ブックセンター、最後の日だった(新宿ルミネ1店にて)


「東京、神奈川に7店舗をもち、芸術、文化関係の出版物などに重点を置いた個性的な品ぞろえで知られる書店「青山ブックセンター」(本店・東京都渋谷区)が、16日限りで営業を中止した」(朝日新聞7/17より)