指宿のタクシー運転手の話

今年(2018年)の12月、編集者の住友和子さんが亡くなった。
ライターとして随分お世話になった方だ。

ミュージシャンズミュージシャンという言葉があるが、住友さんはエディターズエディターと呼ばれるような編集者だった。あのINAXブックレット・シリーズをずっと手がけてきた人だと言えば、本好きなら納得してくれると思う。

年も押し迫って、住友さんを偲んで久しぶりにブログに自分の文章をアップする。
INAXブックレット・シリーズの「九州列車の旅」という本に書いたものだ(2008年9月15日発行)。JR九州の列車デザイナー、水戸岡鋭治さんが手がけた列車をテーマにした本である。
そこに書いた「なのはなDX」という列車をモチーフにした文章だが、主に私が書いているのは指宿で乗ったタクシー運転手の話だ。
紀行文でタクシー運転手ものというは定番だ。その定番をスタジオミュージシャンが、さらっと演奏してみたといった感じのとても短い文章だ。
これが並み居るタクシー運転手もので、どれだけ光っているのかはわからない。チョイスしたのは、車の中の住友和子さんの話し声や仕草が、私にとっては感じられるテクストだからだろう。様々な取材先に向かう車、私たちはよく同乗していたのだ。

では、皆さん、この文章をお楽しみ下さい。(2018年12月29日)


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 特別快速「なのはなDX」の車体の色は、鮮やかなイエロー。南国の土地らしく、日本のどの地域よりも早く、1月には花開く菜の花の色だ。列車の終着駅指宿(いぶすき)で拾ったタクシーの運転手の話がおかしかった。

 指宿は、昭和30〜40年代、宮崎とともに新婚旅行のメッカだった。70代のその人は若い頃、新婚さん専門の運転手をしていたという。鹿児島空港の出迎えから始まり、観光案内をしながら3泊4日の旅を、一組の新婚さんにつきっきりで面倒をみるのだ。そのメインイベントが開聞岳かいもんだけ)の植樹式。結婚の記念に、椰子の木や楠の苗を二人で植えるというのだ。

 これが話の前段で、その楠を切り倒しに来た中年女性の話が始まる。離婚をしたが新しい人生を歩むためには、この木を切る必要があると強く迫る女性。その勢いに負け、汗をかきかきノコギリで大木となっていた楠を切り倒そうとする運転手。こうした様子をなんとものんびりとした調子で語るのだ。指宿の街角には椰子や檳榔(びろう)の並木、鮮やかなブーゲンビリアやハイビスカスが咲き誇る。そのような景色を見ながら笑い話に興じていると、本当にゆったりとした気持ちになるのだった。

 南国の観光地を目指し、「なのはなDX」は鹿児島中央駅から出発。南鹿児島駅から市電と並走、しばらくすると錦江湾(きんこうわん)が左手に見えてきた。光降り注ぐ海に沿って走っていく。まばゆい光を受けてきらめく海は、次第に青みを増した。南の海だ。
 陽の光に照らされた車内は、明るい色の木の床、木製座席に多色使いのモケット。展望コーナーには、窓に向かったカウターにベンチ。
 窓の向こうが、亜熱帯原産の樹木が並ぶ風景に変わってきた。大きな葉を揺らして何本も現れ、濃い緑の葉に触れるようにして、イエローの「なのはなDX」が走り抜けていく。真夏の日であったなら、原色の世界の鉄道の旅だ。

 やがて列車は指宿に辿り着く。駅に降りて切符を渡す時に気づいたのだが、駅員はみなアロハ姿だった。なんともくつろげる雰囲気ではないか。改札口のところでふっと気がゆるんだ。その駅前で、私たちは件(くだん)のタクシーに乗り込むことになる。