山形浩生の穴

実はフリーライターの言葉をめぐる文章を書きたいと思ったことがある。数年前、ある雑誌で「山形浩生×五十嵐太郎」の対談原稿アンカーの仕事をして、失敗した経験を私はもっている。対談をうまくまとめることができずに、ボツになり、編集部の人間が書いたという経験があるのだ。多分、2人は知らないだろうが、そのような運びで記事化された対談があったんだよ(あ〜つらかった)。


ライターとしての技術力の無さといわれれば、そうなのだとしかいえない立場なのだが、その時思ったことは、失敗を噛み締めると同時に「あつ、フリーライターの時代はもうすぐ終わるのだな」ということだった。ある専門的な知識人がいて、ライターがその語り口を解きほぐし一般の読者に伝えるという構造が確実に変わったことを、その時痛烈に感じてしまったのだ。


とくに山形浩生さんの存在感から、私はそれを感じたはずだ。山形浩生さんのある種メリハリのない語り口は、意識的には「文章はきついが実際は温厚じゃん」などと思っていたが、無意識的にはある構造がなくなった地平に立つ者の体感を感じてキツかったのだろう。私は理屈をこねられないが体感で強く感じる人なので、揺さぶられた。揺さぶられた体で書いた原稿はやはり座りの悪い原稿だった。


多分私は「山形浩生の穴」にうまく入り込めず、その影響で五十嵐さんの言葉にもある平明さだけを強く感じたのだと思う。(この二人の言葉のあり方はblog論と深く関わるはず)


実は倉本四郎さんが1976年に「ポスト・ブックレビュー」を始めたのは、当時の週刊誌で行われていた有名人の対談が変質していたことも大きな理由なのだった。川上宗薫など「おのれをバカにみせて、相手をもちあげ、とっておきのエピソードを吐き出させるという、サービス精神旺盛なタレントが枯渇してきた」(この言葉は、当時の週刊ポスト編集者の言葉)変革期だったのだ。週刊誌の言葉の地層がそこで変化する。


フリーライターの言葉の考古学は非常に面白いテーマだし、今は実は雪崩れの最中なんだぜ!


倉本四郎さんの追悼原稿が発表された時点で、フリーライターの言葉について、また考えてみたい。