『居酒屋』

 プラハからやってきた、黒い髪、黒い瞳で鹿の子供のような顔をした女性、ミレナ・コプシヴァさん。あなたは坊主頭の神輿を担ぐ男に強い興味をもっていて、たまたま坊主刈りにしたばかりの私は会ってしまったんだ。

 
 上野広小路の居酒屋で飲んだね。酔った私たちは、東京国立博物館法隆寺宝物館の仏像を見にいき、その帰り、鴬谷のラブホテルまで行ってしまった。

 
 あなたは変態さんだったな。私は私で、あなたにオナニーをしてもらい、果てた。

 
 先月、ヤン・シュヴァンクマイエルというチェコの作家の人形アニメーションを見てきた。踊り出すブラシ、これでもかと巻き上げられるゼンマイ、眼球のある電球、デザートで飾りつけられる乳房……。こんなことをいうと笑われるかもしれないけれど、鴬谷の夜に、私たちがしたことは私たちだけでできたことだろうか。あんな無理な体位をしてしまおうとする、ねじ曲がった情熱はどこからきたのだろうか。

 
 今日、あなたと同じ名前の女性について書かれた本を読んだ。マルガレーテ・ブーバー=ノイマンの『カフカの恋人 ミレナ』。第二次世界大戦中、ソ連の収容所を経験していたマルガレーテは、さらにミレナとナチス強制収容所で出会う。二人は短い時間の中、友情を交わす。ミレナが亡くなる前、「自由」という言葉で考えると、頭に何が浮かぶかしらと聞くマルガレーテに「自由を思うと、すぐに居酒屋が浮かぶわ。プラハの街中のどこかの……」と答えたミレナ。

 
 今はプラハのミレナ・コプシヴァさん、私たちは上野広小路の居酒屋で一緒に飲んだね。重戦車のキャタピラの振動、轟き渡るジープの四輪駆動の中でめちゃくちゃに曲げられた果ての、小さくいやらしい欲望を、おたがいにこれでもかもと巻き上げながら。


ヤン・シュヴァンクマイエルのビデオ『ヤン・シュヴァンクマイエル短編集』『ファウスト』(日本コロンビア)/『カフカの恋人 ミレナ』(田中昌子訳 平凡社


(この原稿は、webマガジン「青い瓶の話」2002年6月27日号 で発表した
http://www.kitazawa-office.com/aobin/ao_top.html )