『怒りの葡萄』の1930年代トラック

「便乗おことわり」の貼り紙が貼付けてある風よけガラスのトラックに、「だけど、どこかの金持ち野郎が貼紙をつけさせたところで、男ってものは、ときには善人になることがあるもんだぜ」と運転手にヒッチハイクの男はいい、そして乗り込む。
そんなシーンから始まるのがジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』だ。たまたま選んだ文庫本だったが、これは今自分が読んでおきたかった物語だった。


大地についての描写、やめてしまったキリスト教の説教師、企業への憎悪、家族全員でトラックに乗って移動すること……。自分が今読みたいことが次々と出てくる。ゆっくり読んでいこう。


それともうひとつ。終わりまで読んでいないのでまだしっかりいえないのだが、アメリカの1930〜1940年代のアメリカにあった家族や友情に対する信頼、企業や商業活動に対する憎悪が、自分の中にはしっかり伝わっているなということだった。いってしまえば、GHQを媒介にして、1930年代のアメリカのリベラリズムと今の自分が直結している感覚ということだろう。戦後民主主義教育研究家の方たちには自明の構図だろうが、この「直結」の経験には今さらながら驚いてしまった。


そうだ、『怒りの葡萄』を読んでいると、1930年代のアメリカの農民たちは車にものすごい距離感をもっている。たった70年前だ。今、2000年代のドイツの カーシェアリングをテーマにした小説などを読んでみたいな。