今月は「フィルムは記録する」


建物の世界でいえば、海の家や作業小屋がずらりと立ち並ぶような光景である。今月下旬から始まる「フィルムは記録する2005:日本の文化・記録映画作家たち」(京橋のフィルムセンター)のラインナップですね。(2/22〜3/27)


商業映画がビルディングだとすると、記録映画、それも自主制作プロダクションの記録映画は、独自の敷地の使い方、転用されたものが使われている壁、そんな小屋の迫力なのである。われらが西江孝之監督は、監督/制作/脚本/撮影/録音/編集すべてを一人で行っている独自ホッタテ小屋状態で登場する。「黄金の旅チュンド アフリカ東部海岸文なし漂流記」だ。


それから小川紳介の世界も登場する。「三里塚 第二砦の人々」など。
昔のことだが、私は小川さんがある人から制作資金を出してもらおうとしている現場にたまたま立ち会ったことがある。小川プロの試写室で、私の知り合いの小出版社の社長から資金援助をしてもらおうという現場。まあ、なんというか、貧乏人が貧乏人から借金をする構図なのだが、それがめちゃくちゃ明るい笑いの世界なのである。資金援助をしてもらいたい映画の一部の上映が終わり、部屋に電気がつくと、「いや〜すみません、もっとがんばりま〜す」と小川さんが頭をぼりぼりかきながら笑いながら出てくるのである。私は「三里塚」の映画の小川監督というイメージでいたのでガクッときたのだが、実はその瞬間から、小川さんの話芸にもっていかれてしまったのだった。笑いあり涙ありの世界。確か稲を撮影するためにカメラを改造する話をしたのだが、細かな改造技術を語りつつ失敗談などを交えて笑わせていくというものだった。こういう表現がいいのかとまどうが、芸人でした。楽しく明るく見送られ、その社長とも別れて電車の席に座ると、若い私はぐっときてしまったのだった。製作資金を作るためには、あんなこともするのだなと、記録映画の世界は軽く触れあってはいけないのだとつくづく思ったのだった。
もうすでに亡くなっている小川さんと出会えた貴重な時間、それが実に楽しい芸能の時間として思い起こせる幸福。たぶんこのラインの監督は借金芸というものがあり、それはそうとう濃厚な世界で、たまたま私は第三者として覗けたのだ(きっと当事者としたら……)、これはかなり幸福な経験だったと今にして思う。


これらの上映期間には羽田澄子の「痴呆性老人の世界」それに鹿島映画、桜映画社など前から見たいものもあり、さらに今回のシリーズの目玉ともいうべき民俗学映画(沖縄の習俗、ロマたちの暮しを記録したもの)など注目すべきものが多い。


しかし、この京橋のフィルムセンターのパンフレットって、酒のツマミTEXTになりますね。ひとり酒を呑みながら読む文章って、けっこう選択が難しいのである。酒でぼけていく頭でも理解しやすく、あまり意識に抑揚をつけさせず、情を感じさせる文章ということになるのだが、京橋のフィルムセンターのパンフレットがそれにぴったりなのです。特に亡くなった映画人への思いがちらっと垣間見えるところ、膨大な映画知識を背景に、作品に関する適切なエピソードをさっと書かれてあるところなどは、まさに酒のツマミTEXTの見本なのである。その豊かな映画知識を基本に、適切なエピソードをさらりと書かれてあるところを読んでいたりすると、「上品なやつだね〜」などと思わず呟き、居酒屋カウンター片隅オヤジの幸福が味わえるのである。


さて、記録映画の作家で、もうひとり忘れてはならない人がいる。これは京橋フィルムセンターでの上映はないのだが、布川徹郎である。
『沖縄エロス外伝・モトシンカカランヌー』(71)、『倭奴へ・在韓被爆者無告の26年』(71)、『bastard on the border 幻の混民族共和国』(76)なんかを作った作家なのだが、たぶん20年ぶりくらいに、動き出したようなのだ。


『ルナパーク・ミラージュ(仮)』という映画、情報があまりなく、よくわからないのだが、音楽は渋さ知らズが関係しているらしく、大阪西成区釜ヶ崎の夏祭、通天閣歌謡劇場、新世界、河内音頭などがわっと登場する映画らしい。
それも三面マルチスクリーン!


じつは私はマルチスクリーンをしてしまう映画作家って大好きなのだ。映画はひとつのスクリーンで上映することが制度であり、その制度を守らない奴はとんでもない目に遭う。ほんとうに酷い目である。それをしてしまうバカ監督は映画史の中に何人かいるのだが、そのバカさが私には愛おしい。


これも昔の話なのだが、まったく映画をつくっていない時代の布川さんに会ったことがある。小川さんも印象深かったが、彼も強烈な印象の方であった。なんというか裸のラリーズとかヴェルベットアンダーグランドみたいな世界の人。高貴な貧乏人というのでしょうか、また若い私は帰りの電車の席でヤラレタと思ってしまったのだった。


『ルナパーク・ミラージュ(仮)』。完成はしていないがどこかで一部上映されたらしい。ぜひ見たい作品だ。