作業の前に

今月から約1年間、ボランティアをする人たちのことをレポートする仕事をすることになって
自分が今、ボランティアたちに対して思っていることをメモしてみた。
夜の部屋、ソファーに座って書いていった。
作業の前に行なう道具選びといったところか。
ひとつの問題は組織論。
否定するピラミッド形式に対してフラットな関係性を手に入れたい
そうならなければボランティアの意味はない。
夜のソファーの上で、
ボランティアたちの組織論の中に多く出てくる
否定すべき組織の「ピラミッド」という言葉を頼りに、
小さい頃見に行ったツタンカーメン王になりすまし
ボランティアたちによって作られる組織について考えていく。


夜のソファーで黄金のマスクを被って
第一回目の取材であった老人福祉施設の職員の人たちの姿を思い浮かべたり
そこで会ったボランティアが語ったテープ起こし原稿を見たりしていく。
もうひとつの問題は、行政の欠落部分を補完するところへと
サービスの対価への新たな評価、団塊の世代の定年後の生活、NPO元年からの約10年間などさまざまな
ボランティアをめぐる動きが流れ込んでいってしまうところだろうか。


気になる流れを考えようとしているのに
自分の方の流れ込みが激しくなり、もう手におえない。
ボランティアの人たちを小さな政府路線推進者として、どんどんメモしていってしまう。
あの人々の動きはもっと多様であるはずなのに、この自分の方の思考の流れ込みはなんだろう。


ショベルで泥をかい出していくと、この地域全般の溝の傾斜や方向性はだいたい同じだったことがわかり
途方に暮れてしまう、そんな感じだ。もうここではツタンカーメンではなく、最近家の近くでよく見かける作業員になってソファーにいる。


これから毎月1回の仕事の獲得目標は、この溝の傾斜が少し変わっていくだけでいい。
と決めたところで、
洗ったばかりの洋服に着替えて、仕事部屋に行き、第一回目の原稿を書くことにした。