『水彩学』について

hi-ro2007-10-13

友人の画家、出口雄大が『水彩学』(東京書籍)という本を発表した。一読して思ったことは、「男前の本じゃのう」ということだった。


この本は、職業的には水彩画のイラストレーターである出口が、今、巷で人気が出てきた水彩画を教えるというもの。水彩に関する本は多く出ており、そのほとんどは、懇切丁寧な作り、まあ、母親が子供に対して手取り足取り教えるといった風情の書物です。独特な質感のジェントリーなビジュアル本を多く出してきた東京書籍であるから、そのような優し気な母系書物にすることもできたであろう、しかし、そうはしなかった。技法パートを後ろに送り、理論パートは「歴史篇」と称して「私的美術史」「明治水彩史」「英国水彩史」がずらりとならぶ構成なのである。来歴をしっかり語る男前の本なのだ。


この男前路線の根本には、日本の戦後美術教育の誰もが知っている傾向「絵は自由に描くべきだ」ということに対する出口の批評意識がある。西洋的「芸術」という概念的土台を確固としてもたない社会の中で展開する自由は、そこで行なわれる表現を非常に幼児的な行為としてしまう。どこから生まれた自由の欲求なのか、何を獲得目標とした自由なのか、教える者が身に染みてわからなければ、自由という戦略は生理の次元になってしまうからだ。
そこで出口は、「絵は自由に描くべきだ」という考え自体が、20世紀の教育理論のひとつであるチゼックの美術教育理論と、同じく20世紀に隆盛したモダンアートの反映であると語り、日本の戦後美術教育の中で大切にされた自由ということも、歴史に規定されているものだと示す。自由に来歴があるように、描き方にも、また描かれる風景にも歴史があるのだと説く。


「絵は自由に描くべきだ」に対して、この書物が示すものは「絵は自由に描けない」ということ。 
出口は、本の著者として、そして実際の授業でもまともな絵の教師としてふるまっているから、そんなことをひとことも書いていないが、私はそう受けとめた。「絵は自由に描けない」といきなりいっているのではない。「絵は自由に描くべきだ」に対して、「絵は自由に描けない」のだと、本書は示している。
なぜ、そう示すのか? それは出口が、水彩画を描くために、「父を受け入れた」からであろう。


先に私は、この本の中心となる「歴史篇」が「私的美術史」「明治水彩史」「英国水彩史」によって構成されていると書いた。この3本の並びを筆者、出口は巧妙に扱う。
まず「私的美術史」では、英文学者の父をもつ息子、出口が水彩のイラストレーターになるまでが語られる。そこで意義深く語られるのが、父親が名誉館長になることによって滞在することになるロンドンにある倫敦漱石記念館に、出口も付いていき滞在することである。そして興味深いのは、夏目漱石が西洋との葛藤の中で神経衰弱になったこのスペースで、出口は水彩画を始めることである。さらに父親が書いた英国紅茶をテーマにした書物の挿絵を描くことでイラストレーターとして出発し、水彩を扱うが故に生まれた鎌倉、移り住んだ葉山など「湘南の風景」を描くことになっていくことが語られる。「漱石」と「湘南の風景」を「私的美術史」で出口はさりげなく書いているが、これらは後で大きな意味をもつ。


次の「明治水彩史」を、「漱石」が水彩画を描く印象的なシーンから出口は筆を起こしている。そして「漱石」の妻の言葉を引用しつつ、「漱石」が神経衰弱に陥った時に水彩画を描くことで精神のバランスをとっていたことを強調する。つまり、西洋文化と日本文化の間に入る緩衝材としての水彩画が示されるのだ。ここが注目すべきところだ。
歴史篇の隠れテーマは、「父なる西洋をどう受けいれるか」ということなのだけれど、父なる者を扱う小説や評論には必ずある「葛藤」が本書では、書かれない。
出口は、水彩を西洋の絵画技法と東洋のそれがだぶっている絵画技法として捉える。その視点からモダニズムの出発点には、西洋が東洋に、東洋が西洋に学ぼうとする重なりの部分があることも示す。ここが本書の特色だ。葛藤の起こらない神経衰弱にならない「父なる者の受け入れ方」がここで用意される。
そして、「漱石」の水彩画についての話を出発点にして、明治の水彩画家たちが語られていくのである。日本水彩画の父たちを出口は次々と紹介していく。出口の筆が冴える。男前の語りだ。その中で出口は自分を生まれ育てた土地、「湘南の風景」を描いた風景画家についても語っている。この土地の風景は、西洋人が保養地として発見し、その視線を踏襲した日本の知識人たちが練り上げた風景であることを書く。「湘南の風景」が西洋という父なる者が練り上げた風景であることを語るのだ。父による風景の中で生まれ育った風景画家としての出口が、この風景の中でしっかり立ち上がる。自分を取り囲む風景は、父たちによって練り上げられたものであること、そのことを知りつつ受けとめ、その風景を描くこと。これは、「絵は自由に描けない」ということを示すことであろう。


そして最後に「英国水彩史」である。まず英国であることが注目点であると思う。実際、水彩画はイギリスで発展し、フランスやオランダなどの油絵の世界とは違った独自の豊かな世界を作っているそうだ。だからこそ英国水彩史を出口は書くのだけど、「父を受け入れる」という視点で見れば、それは違った意味にとれるのではないか。
西洋という父を受け入れる時、その父なる者がアメリカであるとしたら……、私たち戦後の日本人は内なる父と葛藤しだすだろう。江藤淳を代表として、多くの戦後の知識人がそうなった。深く悩み葛藤したのであり、それが何冊もの書物となった。江藤のようにアメリカに負けた戦争を体験している世代は当然だろうけれど、今の日本人もアメリカを西洋の代表的父として受け入れるとするなら、さまざまな心の動揺、思想的葛藤を経験するんじゃないだろうか。
その点、イギリスは違うのではないか?
ここでも葛藤の起こらない神経衰弱にならない「父なる者の受け入れ方」が用意されていると、私は思うんだ。やっぱり思ってしまうよ。
「英国水彩史」は彼の国の水彩画の父たちを語っていく説教だ。アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父という奴である。それはどこへ向かうか。明治日本へ。1889年、ジャポニスムの流行というムーブメントに押されるような形で、水彩画家サー・アルフレッド・イーストが日本に行き、この地であらたな風景というものを描いていく。その展開として「湘南の風景」もある。そして、「漱石」の水彩趣味のはじまりは購読していたイギリスの美術雑誌の影響であり、この雑誌はジャポニスムブームも担っていたと語るのである。つまり終着点は「英国文化における東洋性の合わせ鏡の妙」ということだ。


「私的美術史」「明治水彩史」「英国水彩史」という3つの歴史がこうして串刺しにされる。
漱石」と「湘南の風景」をポイントにして。
そして串刺しの獲得目標は、「葛藤なき父の受け入れ」である。
もちろん、出口が実人生に於いて父を受け入れる時に葛藤がなかったといっているのじゃないよ。ここで私が書きたいのは、この本の主張であり、水彩画家出口の立ち位置について語っているのである。


葛藤を排除したのは、葛藤のドラマで進展していくモダニズムを越えたところに、出口の立ち位置があるからなんだろう。そして凡百のポスト・モダンとは違うのは、父の業績の自由な抽出、コラージュを自分に禁じているからだろうけど。


この『水彩学』という本はさまざま形で読めると思う。出口の本当に素晴らしい絵も楽しめるし、男前の文章にも感嘆できます。
そういった中で私が読んだのは、私が意識して読み取ったのは、次のような筆者の態度だ。
父たちの歴史の巧妙な叙述。その葛藤なき受け入れ。
出口は思慮深いし筆力があるので、こんなことは直接はいってない、だけど、書物の構造として示していると思う。
父たちの歴史の巧妙な叙述。その葛藤なき受け入れ。
これに、以上の歴史認識に立った戦後体制批判を加えれば、この時代らしい、「二世の時代」のイデオロギーとなるんだけどね。


だが、ここで私は、出口を安倍みたいだとかいおうとしたいのではない。
本書は右開きの理論篇と左開きの技術篇で構成されていて、大切にされていることは、やはり絵が描けることなのだ。「父たちの歴史の巧妙な叙述」「その葛藤なき受け入れ」を示す理論は、当然「以上の歴史認識に立った戦後体制批判」などへと結びつくことなく、「絵が描けるようになるための技術」へと繋がっていくのだ。


こうした展開はまっとうなことだと思う。父の世界を認め、その認識が何かを生み出す手に結びついていく。こうして小さな頃から絵を多く見てきた絵描きは絵を描き、こうして映画を浴びるように見てきた映画監督は映画をつくりあげ、こうして多くの小説を読んできた小説家は小説を書いていく。まっとうな展開だ。この認識と手の関係を違った角度で見て、それを言葉にするなら、「作品は自由にかけない」ということになるのだろう。このために出口は本書を書いてきた。その労力には恐れ入る。
だがテクストとは恐ろしいものである。テクストは、読書という開かれた行為に開かれているというその性質によって、問題はくっきりと浮上してきてしまう。問題とは、今、21世紀の人間が何かを生み出そうとする時に、その手が触れてしまう存在。本書に書かれていない不在の父。アメリカである。


本書を水彩の手引書ではなく、美術書として読むのであるなら、(先の英国水彩史のところでも触れたが)アメリカの不在は際立つはずだ。


最後に、絵や本書の話題から離れます。
何かを産み出そうする手は、今、必ずアメリカに触れていく。
時には手は誘導され、その手の動きを、ある人々は、「自由」と呼んでいる。
それが嫌で二世の人は男前に語ろうとするが、体調を崩してしまうことがあるので注意したい。