「ブラジリアン・ホームレス・サムライ」


基地からの仕事の帰り、助手席のオスカーが「寒い寒い」としきりにいうから、浦賀方面へと道を替えた。黒船ラーメンで暖かいものでも食べようと考えたからだ。


「ミタニ・コーキのドラマはいーね。登場する人たちがとてもがんばっている。あの青年たちの心意気を、今の日本の若者たちは忘れ過ぎているよ」


 ラーメン屋の名前で思い出したのか、天然パーマでやけに黒い髪を後ろで束ねたオスカー古城青年は、豚骨ラーメンを食べながらしきりに憤慨している。


「アンデー、僕はリオ・デ・ジャネイロで柔道をやっていたから、彼らの気持ちがとてもわかるんだ。ドラマの展開がとても楽しみ。彼らはがんばって修行して成長して、あの……なんだっけ? 12月になるとテレビでよくやる、アンデー、なんだっけ? あの雪の日、黒と白のキモノ着て仇打ちをする人たちに成長するんでしょ?」

 
キモノっていえば、昨日のこと覚えているか? アリ・ヘマディがアパート代を払うために石川に借金をお願いした時、石川がいった言葉。「無い袖は振れない」っていったんだぜ!


「見たよ! アンデー、僕も事務所にいたから、石川課長のその仕草も見たよ! あいつ、ホントーに、あの地味〜な色のスーツの袖を振ったんだよ、こうやって、こうやって!!」


■REPLAY■■■その時の映像をスローモーションでもう一度見てみよう。2004年2月2日午後4時20分。オレンジ色の太陽の光射し込む「有限会社石川ビルメンテナンス事務所」。11人中たった2人の日本人のうちの一人、石川昌男59歳は、外人労働者に囲まれながら、薄い唇を少しゆがませて、そのやせた体を包む紺色のスーツの右腕をゆっくりゆっくり振っている。サム・ペキンパー監督なみのスローモーション映像。ビンセント・ギャロに似たアンディ・キャヴァリエ31歳は、その目で確かに見た。夕焼けをバックに動く石川の腕の下にゆったりと揺れる振り袖を。


 洋服似合ワネーヨ! 黒船が来てもう数百年たっているっていうのに、日本人はまだキモノを着ているんだよ。しかしオスカー、おまえはオスカーなんて名前だけど、ほんとに日本人の顔しているな。


「アンデー、それは違うよ。僕はブラジル人。アンデー、僕のママが幽霊に出会った時の話、したっけ? 僕のママがまだ若かった頃の軍事政権の頃の話、リオにはものすごい数のホームレスがいたんだよ。すごく目障りだから、ある日、『どこか海外旅行でもしない?』ってホームレスを集めたんだって。それで全員飛行機に乗せたのさ」


 アフリカにでも戻しちまったんだろ?


「違うよ、ウンベルト・デ・アレンカール・カステロ・ブランコの時代はそんな甘くない。飛行中、ドアを開けてホームレスを次々と突き落としちまったのさ。ほんとに酷いだろ、わが祖国は! 話はそれだけじゃないんだよ、アンデー、それから1週間後のこと、教会からの帰り、まだ若いママはすごい光景を見てしまったんだ。ふと見上げるとホームレスの幽霊がずらっと並んでいたんだって。それもカラスの群れみたいに電線の上に全員立っていたんだ! ホームレスたちはものすごい形相でママのことを睨んだって。その時、ママはこういったんだ。『あなたたちが飛行機から捨てられたとしたら、私の父と母は沖縄から出てきた船から捨てられた者です。そんなに怖い顔をしないで下さい。私とあなたたちは仲間なんです』って。そういって助かったママの子供だよ、僕は。だから僕は日本人じゃないよ」

 
そのホームレスの話で思い出したけど、オスカー、知っているか? 石川のところの息子、あいつ多摩川でホームレスのジーサン、溺れさせたってこと。河原で脅して洋服脱がせ裸にさせて冬の多摩川で泳がせて、岸から石ガンガン投げて。


「あのユキオ? あいつ! DA PUMPのイッサみたいな顔している子?」

 
それから店内にDA PUMPの曲が流れて、俺たちは顔を見合わせて笑った。レジでお金を払い外に出た。店の前に停めた車に乗ろうとすると、ちらちらと粉雪だった。


「ひゃー今日、雪だよ。ねえ、アンデー、今夜、雪の日、石川課長の家の周りを、ホームレスの幽霊が取り囲むかもね」

 
それから俺とオスカーは、浦賀の街の夕暮れの空を見上げた。オンタリオに電話をかけなければ。浦賀の空には目障りな電線が何本もあって、曇った空から白い雪が少しづつ少しづつ降ってくるのだった。


「アンデー、聞いてる? 47人のリオのホームレスが仇打ちのために空からやってきて、電線の上に立つんだよ。押忍!っていいながらね」