運河のバージ船まで歩くこと 

玄関で靴紐を結んでいると、ふと、このまま歩いて運河に浮かぶバージ船に行けるのだと思えてうれしくなる。先週の木曜日から、そう思えるようになった。引っ越した前の家は目の前が海だったから、ずいぶん環境が違ってしまったと思い込んでいたが……歩いて行けるのだ。
 

先週の木曜日の夕方、岩神六平さんや瀬戸山玄さんらと、東京モノレール大井競馬場前駅で待ち合わせをした。駅近くの京浜運河に浮かぶバージ船に乗り込むために。
BOAT PEOPLE Associationの「L.O.Bフローティング・エマージェンシー・プラットフォーム」というプロジェクトのひとつを見に行くために集まったのである。
このプロジェクトは、バージ船の再使用企画で、今回は「防災船」へと転用する試みだ。
東京で大災害が起きた時に、避難したり、しばらくそこで暮らすことのできる船を実際に見せることによって、都市の水辺に係留されている使われていない船や、都市水辺空間そのものへの再考を図ろうというものだ。


バージ船とは、河川や港湾などを航行し、荷物や工業製品の原材料、コンテナー、ゴミ等を運ぶ輸送船のこと。水上運送を手掛ける会社は、こうした船を一定量もっていなければ、認定されないこともあり、船としては存在するが使用されていないものが、東京湾に限ってもそれなりの数あるらしい。大きな荷物を積むことができることもあって、船の空間は深く広い。魅力的な空間だ。


飲食店の経営者などが、今回の船に乗り込むことがあったとしたら、「素晴らしい! ここで店をやりたい」と思ったりするだろう。まあ、船を使った飲食店経営を行なうことは非常に難しいことなんだけどね。
なぜ、難しいのか? その疑問は、「都市水辺空間への再考」の重要な部分をなすものだ。都市の水辺の歴史、都市がもっている自由の問題と深く関わっている。


メンバーの墨屋さんからプロジェクトの説明を受けたり、災害時用のインスタント食品を食べたり、水を使わない災害時用トイレなどを経験してきた。
3月21日までやっているというので、興味をもった方は以下のサイトを見て、実際に行ってみたらどうでしょう。
http://boatpeople.inter-c.org/fep.html


船から陸に上がると、厩舎の匂いが流れ込んできた。大井競馬場前なのだ。京浜運河から京急の立会川までみんなと歩き、駅前の酒場で談笑。立会川の酒場には、私が知らない東京の空気、しんとした淋しい空気があった。その後、私と瀬戸山氏は大井町までさらに歩き、駅前のなかなかよい感じの飲み屋へ。今、私が見ている1970年代のテレビ番組、とりわけそれらを製作しているテレビマンユニオンの意味について、少し話した。そこで別れて、私は大森の家まで歩いて帰った。


こうして家に着き、玄関で靴を脱いでいた時、気づいたのだ。途中、酒場で休憩したとはいえ、あの運河に停泊している船から、私は歩いてこの家に帰ってきたのである。